先史時代の日本列島における抜歯風習

歴史

身体変工

先史時代において、社会的・文化的な意味として身体の一部を装飾する風習がありました。

入れ墨などは一般的によく知られているものと思われますが、歯にも様々な加工を施しました。

  • 抜歯
  • 削歯(尖歯・水平研歯)
  • 染歯
  • 飾歯

◦縄文時代の日本列島では、成人・婚姻・服喪などの人生儀礼の折に風習的に抜歯が行われていました。

◦縄文時代の中期以降では、列島全体に広がり、晩期の東海地方では、上下合わせて8本の歯を抜くなど過激化しました。

◦縄文時代晩期の東海から近畿地方の一部の集団では、切歯に刻みを入れる叉状研歯が見られ、特別な地位や身分を表していると考えられ、身体変工の理由が変化してきました。

◦古墳時代になると、風習的な抜歯は無くなり、中小豪族の相続儀礼に伴う服喪抜歯となっていきました。

前から見える歯を抜歯

◦抜歯対象の歯:上下顎の中切歯から第一小臼歯=相手に見える歯種

◦縄文抜歯の2系統: 切歯系統と犬歯系統

抜歯の方法

◦主に尖ったものを抜歯する歯に沿えて、それをハンマーで叩いて抜歯していたようです。痛そうです・・・

瞬間的にできますが、やはり歯根が残ってしまいやすいようですが、日本の縄文地域だけがなぜかキレイに抜けていたそうです。どうやっていたのでしょうか?

◦ひもや縄を抜歯する歯に結び付けて、それを徐々に引っ張って時間をかけて抜歯していく方法もあったようです。こちらの方が確実に抜けそうです・・・

変化した歯並び

●縄文人の歯並び:

◦歯の摩耗(咬耗)が著しく、上下の切歯の先端通しがかみ合っている(切端咬合)が、先史時代では日本だけでなく世界のどこでも普通の姿でした。

◦歯並びも美しいことが多く、良く噛む食習慣のために縄文人の顎骨は発育良好であった事と、激しい咬耗が合った事が関係しています。

●歴史時代以降の歯並び:

◦稲食文化の到来から噛む力を省力することができるようになり、顎の発育や咬耗は減少傾向となっていきました。

◦鎌倉時代では、歯並びは悪くないが、出っ歯の人が増加、この時期には箸が普及し前歯をあまり使わない食習慣が一般化したことが一因です。

◦江戸時代になると、やわらかい食べ物が一般化し、前歯も奥歯も咬耗量が減少し、特に貴族や武家の間では「小顔化」が進行しました。それに伴い歯が歯槽に並びきることなく、歯並びは乱れていきました。

コーンヘッドへの習慣も・・・

褊頭例の存在も明らかになってきています。頭蓋骨をなるべく後方上部に長く見せたいようです。