歯と歴史の偉人シリーズ①

歴史

ワシントンの入れ歯

28歳で入れ歯となったワシントン

彼は若い頃から歯が悪く、28歳で初めて義歯のお世話になり、

1789年、57歳の大統領就任時には自分の歯は1本だけになっていました。

生涯に7回も義歯を作り、そのうち5セットが残存しています。

初代大統領の義歯ともなると、国立歯科博物館(米国東部にあるメリーランド大学歯学部に併設)や、彼の農場があったマウント・バーノンの博物館に飾られています。

当時の義歯材料はカバなどの動物の歯だけではなく、人の歯も使われていました。

『レミゼラブル』のコゼットの母親も生活に困って前歯を金に換えています。

ワシントンも黒人宛の9本の歯の支払い記録が残っていたりします。

当時の相場の3割程度で、自分の農場の黒人奴隷から抜歯していたらしいです。

(出典:ねとらぼ、False Teeth

奥のバネが上下に押さえつけます。その代わり口は力を入れないと開いてきてしまいます。

苦労した義歯との付き合い

ワシントンは歯科医師への手紙で、

「義歯は幅があり過ぎて、支持部分が出っ張っている。

そのため、上唇も下唇も腫れたように飛び出している」と訴えており、

作り直した別の義歯については、「唇を鼻の真下まで突き上げる作用がある」とも。

逆に、歯科医師からは義歯を清潔にするように言われており、

びらんや口内炎で、いつもアヘンチンキを服用していたそうです。

麻薬性の鎮痛薬です。

この義歯のトラブルが、政治的にもおそらく肉体的にも、彼の生
命に終止符を打つことになったと思われます。

口元の違和感は、1ドル札の肖像画からも見て取れます。

入れ歯が飛び出さないように口を閉じています。

この時の入れ歯は、上下がばねで固定されているカスタネットのようなものです。

アメリカで初めて義歯を作ったNYのGreen Wood先生の作品です。

上は金で作ったプレートにカバの歯が植えてあり、下は象牙のプレートにやはりカバの歯を植えたものです。

重さはなんと1.3kg!(現代の総義歯は上下で20g)

これを使いこなすことはほぼ不可能で、食事も、話をすることもままならなかったと言われています。

さらに、臭いが強烈で、ワシントンは毎晩ワインに義歯を浸けて寝ていたようです。

ついには呼吸不全へと・・・

彼はイギリスからの独立戦争の英雄で、

カリスマ性があり、アメリカ国王即位の噂もあったくらいです。

しかし、嚙み合わせの悪い入れ歯のために口が回りにくい

雄弁どころか喋れない政治家はありえず、3期目の大統領職は推されても辞退し、

1797年にポトマック河畔のマウント・バーノンに隠棲しました。

現在の首都ワシントンD.C.の南方25キロメートルにあるのどかな土地です。

2年後の1799年12月14日早朝、

彼は寒気がするとマーサ夫人を起こしました。

しゃべれず,息がしにくい。前々日に馬で農場を回って氷雨にうたれ、

夕方からのどが痛み始めた。

前日からは声が嗄れている。

夜明けに秘書が顔を出すと、息が苦しそうで、
ふりしぼるような声で叫んでいた。

糖蜜と酢、バターの混ぜものを飲もうとしていましたが、

窒息しそうになって痙攣し、飲み込めない。

とりあえず、瀉血の心得のある農場の監督者が呼ばれました。

夫人は止めましたが、ワシントンはおぼつかない声で「怖れるな」と言って、

腕の静脈を切開させ、約400mlの血液が抜かれました。

しかし、何の効果もありませんでした。

11時に医者が来て、喉の周囲に湿布し、組織を刺激する発疱剤を使ったりしましたが、

かえって喉が痛くなるだけで効果がなし。

酢とサルビアの煎じ茶でうがいをさせ、少量の酢と湯で吸入させましたが、むせ
て窒息しかけました。

再び瀉血しましたが、今度もダメ。
水を飲み込むことさえもできなくなってしまいました。

午後、呼吸困難は強くなり、ベッドの上でしきりに体を動かしている。

息を吸おうとすると腹が膨んで胸が凹み、吐こうとすると腹が凹んで胸が膨らむ。

腹と胸がシーソーのように動くだけで、肺には空気の出入りがない。

気道閉塞時にみられる奇異呼吸です。

応援の若い医者二人が到着し、一人が気管切開を提案しましたが、危険だと見送られました。

当時は手技も未確定の賭博的治療でした。

そして、また瀉血が施されました。今度は947 ml

もはや血管からの出血の勢いは弱くなり、ポトポトと滴り落ちるだけとなっていました。

夕方、遺言書を整理し、医者に
「もうあなた方を煩わせたくない、早く逝かせてくれ」と告げ、

午後10時過ぎに67年の生涯を閉じました。


こうしてジョージ・ワシントンは急逝しました。

喉の痛みや発声障害があることから、咽頭・喉頭部の重篤な炎症による腫脹で上気道閉塞を来したようです。

長年にわたる義歯トラブルによる口腔内不衛生からの炎症が原因なのは想像に難くないです。

当時よく行われていた瀉血

彼の死期を早めた瀉血は、昔の西洋医学では治療と称して行われていました。

古典的医学理論では、病気は血液、粘液、黄色胆汁、黒胆汁の4種類の体液のアンバランスが原因で、

血を抜いてバランスを整えるのだという。

また,皮膚に豆斑猫(まめはんみょう)(カンタリジン)などの刺激性の物質で水疱を作り、

陰圧をかけて、体内の毒素を吸い出す治療もなされていました。

ワシントンの死から数十年後の19世紀半ば、フランスでの調査で、

瀉血は体力を弱らせ出血死をもたらすことが明らかになり、以後、廃れていきました。

江戸時代末期に西洋医学が日本に取り入れられましたが、

幸いにも瀉血は普及しませんでした。

現在では多血症などの特殊なケース以外はまず行われない施術です。

Jacob Franszn (ca. 1635-1708) and family in his barbar-surgeon shop *oil on canvas *70 x 59 cm *signed b.r.: HKerck 1669

建国の父と言われてはいますが・・・

こうしてアメリカ合衆国建国直後の初代大統領ジョージ・ワシントンは、

義歯トラブルが原因にせよ、きっぱりと辞任し、

その2年後にはこの世からも退場したので、後世に潔い印象を残しました。

以降、第二次世界大戦期に4選されたフランクリン・ルーズベルト以外は、大統領は2期8年までしか務めていません。

彼は“建国の父”として伝説的存在となりましが、

一方で、今日的な意味ではリベラルとは言い難いです。

農場で黒人奴隷を使い、義歯用に歯を抜かせ、

大統領在任中には、インディアン(アメリカ先住民)はオオカミと同じで開拓の邪魔だと、撲滅政策を推進していました。

その後のアメリカ合衆国は安い労働力として多くの移民を受け入れ、「人種のるつぼ」とまで言われるようになりました。

しかし、ピューリタンの理想国家として建国された以上、人種問題は無くなりません。

アメリカ合衆国は、一時的にモンロー主義を掲げたとしても、理想の押し付けをし、世界中を巻き込んでいく性質をもっていると言わざるを得ないと思います。

(リ・ライトニング、マニフェスト・ディスティニー・・・強い言葉です)